国宝・重要文化財続々!石清水八幡宮!四国霊場・竹林寺!

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石清水八幡宮
 

平安時代に創建された京都府八幡市にある石清水八幡宮の本殿などが、新たに国宝に指定されることになりました。

これは16日に開かれた文化庁の文化審議会が、馳文部科学大臣に答申しました。

目 次
・国宝
・石清水八幡宮本社
・龍光院書院
・重要文化財
・旧網走刑務所二見ケ岡刑務支所
・旧弘前藩諸士住宅
・平井家住宅
・黒田家霊屋
・養源院
・竹林寺書院
・諏訪大社上社本宮
・龍光院
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国宝(新規指定の部)

石清水八幡宮本社

石清水八幡宮は860年の創建以来、公家や武家の信仰を集めてきた。現在の社殿は1634年、江戸幕府により建てられた。本殿は、間口約18メートルの内殿と外殿(げでん)を前後に並べ、内部を一体化させた八幡造と呼ばれる建築様式。平安時代後期からの社殿形式を保ちつつ、極彩色の彫刻を施した欄間や飾り金具など、華やかな装飾を備えた完成度の高い神社建築として評価された。創建後、たびたび焼失したが、1580年には織田信長が社殿を修復、1598年には豊臣秀頼が境内を再興している。

石清水八幡宮

石清水八幡宮

【引用】http://www.asahi.com/articles/ASHBB5HKQHBBUCVL00G.html

 

国宝(追加指定の部)

龍光院書院(りょうこういん)

龍光院書院

龍光院書院

江戸時代前期(17世紀半ば)に建てられた寄棟造り・こけら葺の建物。
北西隅に位置する四畳半台目茶室「密庵席(みったんせき)」は書院風茶室の代表例で、遠州作と伝えられる。
建立の時期については寺院建立と同時期か、一説に、元大阪の天満辺りにあった黒田屋敷の茶室として建てられ、独立した建物だったともいう。
大和の漆問屋、松屋源三郎家の松屋久政、久好、久重による「松屋会記」に当時の記録が残る。
「密庵」席は西側の縁側境を明障子、南側の十畳間との境を襖で仕切り、東北側に手前座、北側壁の西寄りに床の間を設ける。この床の間とは別に、手前座の南側に奥行の浅い床の間を設ける。
これは国宝の「密庵墨蹟」の掛け物を掛けるための専用の床である。

【引用】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E5%85%89%E9%99%A2_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%8C%97%E5%8C%BA)

紅茶セット

重要文化財(新規新指定の部)

旧網走刑務所二見ケ岡刑務支所(北海道網走市)

旧網走監獄は、明治期の現存する数少ない木造監獄建築で、5方向に伸びる五翼(ごよく)放射状平屋舎房(受刑者の居室)とその内部の中央見張所、庁舎、教誨(きょうかい)堂が対象となりました。
特に放射状の木造舎房が完全な形で残っているのは国内唯一で、歴史的な価値が高く評価されています。
旧網走刑務所二見ケ岡刑務支所は、全国でも珍しい農園がある刑務所の建築群で、庁舎や舎房、炊場などからなる。刑務所の農園施設がどう発展していったかがよく分かり、学術的価値が評価されました。

旧網走刑務所二見ケ岡刑務支所(五翼放射状舎房)

旧網走刑務所二見ケ岡刑務支所(五翼放射状舎房)

【引用】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151017-00010001-doshin-cul
http://wanokoto.net/items/8057

 

旧弘前藩諸士住宅(青森県弘前市)

弘前城北側の仲町(なかちょう)伝統的建造物群保存地区にある旧弘前藩諸士住宅(旧笹森家住宅)は、18世紀前半までに建てられた中下級武士の家屋。御細工頭や中小姓などの役職に就いていた武士が住んでいた。2012年12月に地区北東部から現在地への移築復元を終えた。
 現存する武家住宅としては地区内最古で、全国的にも同時期の遺構は少ない。間取りや多くの建築部材が当時のまま残る。居間を取り囲むように寝間や座敷などを備えた平面的な造りで、当時の建築様式をよく表す遺構として評価された。

江戸時代中期に建てられた旧弘前藩諸士住宅

江戸時代中期に建てられた旧弘前藩諸士住宅

 

【引用】http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201510/20151017_25018.html

 

平井家住宅(岩手県紫波町)

平井家は江戸時代初期より当地に居住した商家で、近代には醸造じょうぞう業や鉱山経営などを手がけた。主屋は大正10年の建築で、ミセの構えや通り土間は伝統的な平面になるが、ガラス窓を多用した開放的な外観、二階の広壮な大広間などの上質な接客空間、変化に富む屋根などに近代の特徴が窺える。平井家住宅の主屋は、建築年代が明確で、かつ規模壮大な建物である。当地方の伝統的な平面を継承しつつ、近代的な意匠と手法が随所に導入されており、優れた和風建築として高い価値がある。また伝統的な土蔵と煉瓦造の蔵が共存し、防火を意識した煉瓦塀で敷地を囲うなど、近代の展開を示す建造物が一体的に残っており、土地と併せて保存を図る。

平井家住宅

平井家住宅

【引用】http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2015101601_besshi01.pdf

 

 

 

黒田家霊屋

龍光院黒田家霊屋は、龍光院境内の南西、土塀西側の墓所に位置する。
龍光院創建時の慶長けいちょう13年(1608)竣工とみられる建物で、内部に黒田孝よし高たか(如じょ水すい)と妻の照しょう福ふく院いんの五輪塔ごりんとうを安置している。
禅ぜん宗しゅう様ようの小規模な方ほう三さん間げん堂どうであるが、組物や木き鼻ばな、実さね肘ひじ木きの絵様など精緻なつくりになり、数少ない桃山ももやま期の霊廟れいびょう建築として価値が高い。
また近世禅宗寺院塔たっ頭ちゅうの発展を支えた大名だいみょう家との関係を如実にょじつに物語るものであり、近世初期における禅宗寺院塔頭の構成を知るうえでも貴重である。

黒田家霊屋

黒田家霊屋

 

【引用】http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2015101601_besshi01.pdf

 

養源院(同市東山区)

養源院は、淀 よど 殿 どの が父浅井長政 ながまさ の菩提を弔 うために文 ぶん 禄 ろく 3年(1594)に創建した寺院 で、元和 げ ん な 7年(1621)に徳川秀 ひで 忠 ただ 夫人お江 ごう に より境内が再興された。
伽藍 が ら ん の中心となる 客殿は六 ろく 間 ま 取 どり 方 ほう 丈 じょう 形式の平面をもち、西面 に入 いり 母 も 屋 や 造 づくり、軒 のき 唐 から 破 は 風 ふ 付の奥玄関を附属し、内部は 俵 たわら 屋 や 宗 そう 達 たつ の筆と伝える 襖 ふすま 絵や杉戸 す ぎ と 絵 などで飾られる。
養源院客殿は、木 き 柄 がら が大きく豪壮な方丈建築で、重厚な玄関と上段の間を構え、各室内 を障壁画 しょうへきが で飾るなど上質な接客空間を備えており、意匠的に優れている。
建立年代が明ら かで保存も良好であり、江戸時代初期における方丈建築の展開を示す点において、高い歴 史的価値を有している。
また護摩堂や鐘楼堂、中門もいずれも質が高く、伽藍再興期の様 相を良好に伝えるものとして重要である。

養源院

養源院

【引用】
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2015101601_besshi01.pdf
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%8A%E6%BA%90%E9%99%A2

 

竹林寺書院(高知市)

竹林寺は高知市街東方に所在する真言宗しんごんしゅう寺院で四国霊場の札所として知られる。
江戸時代には土佐藩主山内やまうち家の祈願寺として興隆こうりゅうした。
書院は文化13年(1816)の建築で、6室を配した主体部の南面と西面に広縁を廻した形式とし、東面に玄関が取り付く。
内部は背面西側の上段の間に床とこ、棚たな、付つけ書院しょいんを構え、背面中室では側方に床を設えて後方の庭園を臨む座敷とする点に特色がある。
竹林寺書院は、建立こんりゅう年代が明らかで四国地方に希少な近世の書院建築として貴重である。
土佐地方に特徴的な細部意匠を持つ上段の間を構え、庭園鑑賞を意図した開放的な裏座敷を持つなど、藩主祈願寺としての特質や地方的特色も併せ持ち、高い価値が認められる。

竹林寺書院

竹林寺書院

【引用】http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2015101601_besshi01.pdf

 

重要文化財(追加指定の部)

諏訪大社上社本宮

諏訪大社は信濃国一宮として崇敬を集めた古社で、上かみ社しゃと下しも社しゃに分かれ、上社は前まえ宮みやと本ほん宮みやよりなる。本宮は幣へい殿でん、拝殿はいでんなど6棟が重要文化財に指定されている。境内には、安あん永えい6年(1777)の布橋、文ぶん政せい10年(1827)の神楽殿、弘こう化か4年(1847)の勅願殿など、江戸後期から末期にかけて建てられた社殿群がよく残る。これらは、各々が独自性のある建築形態を有しており、幣殿、拝殿とともに上社本宮独自の境内空間の構成に欠かせない存在として高い価値を有している。また、各社殿はそれぞれの建築年代に応じた意匠をもち、近世における上社本宮の変遷と建築意匠の展開を如実に反映した社殿として、歴史的価値が高い。

諏訪大社上社本宮

諏訪大社上社本宮

龍光院(京都市北区)

(寮及び小庫裏、禹門)

龍光院は大徳寺塔たっ頭ちゅうのひとつで、書院が国宝に、昭しょう堂どう、盤ばん桓かん廊ろう、兜かぶと門もんが重要文化財に指定されている。書院の東にある寮及び小庫裏、禹門は、書院や昭堂と同時期の慶安けいあん2年(1649)頃の建築である。既指定の書院や昭堂などとともに江戸時代前期に建てられたもので、意匠的にも優れ、禅宗寺院塔頭の構成を知るうえで貴重な存在であり、追加指定して保存を図る。

龍光院(寮及び小庫裏、禹門)

龍光院(寮及び小庫裏、禹門)

文化庁資料ダウンロード

 OTARD-KEN 

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
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コメント

  1. AA より:

    平井家住宅 茨城県の解説になってませんか?

    1. OTARDKEN より:

      ご指摘ありがとうございます。
      修正させていただきます。

      今後とも、宜しくお願いいたします。

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