天皇陛下フィリピン訪問中!零戦里帰り飛行をどう考えるか!

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零戦01

天皇陛下と皇后様は、26日からフィリピンを親善訪問されておられます。

先の大戦におけるフィリピンでの日米比戦没者への慰霊と世界平和などの願いを込めて、国賓としての行事に臨まれます。

そんな中、「零戦里帰りプロジェクト」が保有する零式艦上戦闘機(零戦)が、海上自衛隊鹿屋基地(鹿児島県)から鹿児島空港へのフライトを実施したニュースが飛び込んできました。

陛下が戦争での想いを携えた訪比最中の零戦フライトに、何故、今なのかを考える機会にしたいと思います。

目 次
・陛下の訪比中の零戦フライト
・天皇陛下のフィリピン訪問
・零戦フライトの真意
・奇跡的な巡り合わせ
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陛下の訪比中の零戦フライト

陛下の訪比中の零戦フライトを知った時、驚きました。

それは、零戦と言えば、第二次世界大戦の日本の戦闘機の象徴ともいえる存在だからです。

戦闘機「零戦」が、その機銃や爆撃で人々の命を奪ったり、或いは、零戦を操縦して国のために戦った英霊と残された家族や友人の苦痛や悲しみの心中を察するからです。

クラウドファンディングで、零戦を飛ばそうといった企画が支援者募集をしていることは知っていましたが、まさか、陛下の訪比日程中になるとは思ってもみませんでした。

【参照】https://readyfor.jp/projects/zerosatogaeri

 

天皇陛下のフィリピン訪問

天皇陛下と皇后さまは、26日より、フィリピンを親善訪問されておられます。

出発前のおことばにもあります通り、慰霊と平和を念願しての訪比です。

訪問出発前「天皇陛下のおことばの全文」

この度、フィリピン国大統領閣下からの御招待により、皇后と共に、同国を訪問いたします。私どもは、ガルシア大統領が国賓として日本を御訪問になったことに対する答訪として、昭和37年、昭和天皇の名代として、フィリピンを訪問いたしました。それから54年、日・フィリピン国交正常化60周年に当たり、皇后と共に再び同国を訪れることをうれしく、感慨深く思っております。
フィリピンでは、先の戦争において、フィリピン人、米国人、日本人の多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています。
旅の終わりには、ルソン島東部のカリラヤの地で、フィリピン各地で戦没した私どもの同胞の霊を弔う碑に詣でます。
この度の訪問が、両国の相互理解と友好関係の更なる増進に資するよう深く願っております。
終わりに内閣総理大臣始め、この訪問に心を寄せられた多くの人々に深く感謝いたします。

この度の、零戦フライトが、陛下の臨みに応えるものであったのかという思いに駆られています。

天皇陛下おことば(フィリピン国際親善晩餐会)

 

零戦フライトの真意

飛行可能な零戦は、世界に5機しか残っていないといいます。

その内、日本人が所有するのは、この度、鹿児島で試験飛行に成功した1機だけとのことです。

 

日本の最後の零戦を飛ばすことによって、慰められる英霊も居られると確信しています。

国のために戦い、英霊となったことに、子孫がその勇気を称えることは、なによりもの慰めであると思います。

 

ただ、闘った先人は、君が代を尊んで戦火に散って逝ったのではないかと思うのです。

その陛下が、日本国の英霊のみならず、米国やフィリピン国の犠牲者にとても、先の大戦は悲しい歴史であったとの思いで赴かれていることを鑑みれば、この度の零戦フライトの時期は今日でよかったのだろうかという思いがあります。

 

奇跡的な巡り合わせ

この度の、陛下の訪比は、皇居・宮殿で昨年の6月3日に行われた、フィリピン大統領を招いた宮中晩餐会に遡るものだと思います。

翻って、『零戦里帰りプロジェクト』は、石塚氏が3億5千万円を投じた9年前から始まったプロジェクトで、今日のテストフライトに漕ぎ着けています。

また、零戦は、現在の日本人で操縦できるパイロットがいないことから、アメリカ人のパイロットに来日いただいての実施です。

 

これらの偶然に考えを巡らせると、本フライトは、28日に日時設定したというよりも、様々な巡り合わせで本日になったのです。

陛下の訪比日に、アメリカ人のパイロットを乗せて飛ぶことになったのも、陛下の思いに英霊たちが応えたものだと感じています。

 

先の大戦を思い起こさせる戦闘機を飛ばすことに疑問を感じる声が聞こえてきそうです(私も最初はそれに似た衝撃を受けました。)が、平和を念願する陛下の思いと共に在らんとする英霊の御霊がこの零戦を飛ばしたのだという考えを、心境の変化を交えて、伝えることができればと思います。

 

(追伸)

管理者は、父方の祖父が御所住まい(故、本籍は、白楽天町です。)でしたがGHQによって財産を殆どとられてしまったこと、母方の父(祖父)が満州で戦死し、母(祖母)が当地の病床で逝ったこと、母が子供達だけで満州から引き揚げてきたことなど、様々に想いを巡らせる中で、この度の、零戦フライトを咀嚼してみました。

戦争は、絶対にいけませんが、戦わなければいけない時には、子供たちを戦地に送る前に、自ら剣をとりたいと思います。

 

少々政治的・信仰的な内容になってしまいましたが、幅広い視野で物事をとらまえることの一助になればと思い、投稿することとしました。

賛否はあろうかとは存じますが、ひとつの考え方として捉えていただければ幸甚に思います。

OTARD-KEN

最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。
『いいね』いただけるとありがたいです。

    
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